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la souvenir

Posted on 2026.06.03

創る人2026

忙しくなると無性に掃除したくなる変な癖がある。
DX、AI、リスキリング等、
未来のビジネスワードが飛び交う中、逆行する自己欺瞞。
小さな頭がキャパオーバーになると拍車がかかり、
引き出しをひっくり返す。
古いファイルを見つけた。
貴重なスクラップ記事がそこに。変な癖にも意義があるようだ。

―フェアモールがグランドオープンした感想は
プラザハウスショッピングセンターは40年余の歴史があり、特異な存在感を発揮してきた。
フェアモール増築では、外国商品専門店として培ってきた歴史を生かしながら、
既存施設にマッチ、融合させることが大きな課題だった。
紆余曲折を乗り越え、
『ワン・アンド・オンリー(ここにしかない)』
をキーワードに、従来なかった商業施設が完成した。


―フェアモール増築の経緯は
地元客が那覇や北谷の商業開発地域に逃げたり、昔のコザの面影が薄れていく中、
プラザハウスの歴史を継承していく責任を感じていた。
観光客だけでなく地元の方にもこたえていくべきだと考え、
40周年事業として三年前から増築計画に着手。
それに伴い、外国法人だったロージャース、アールシーウィリアムズを
日本法人のプラザハウスに統合した。


―開発のコンセプトは
観光客と地元客を融合させる施設づくりを目指した。
単なる箱ではなく、ゆったりとした空間で一日中遊んでもらいたい。
『衣・食・遊の楽園』がコンセプト。
その中でもやはりファッションを重視、
既存小売業者の領域を侵さないよう、
基本的にここでしか買えない外国商品を提供していく。

(1997年4月27日琉球新報日曜インタビュー 株式会社プラザハウス 平良幸雄社長)




―復帰後を振り返り、中部の経済をどう見るか
かなり発展した。本土との格差是正を叫び努力した成果だろう。
沖縄の人々も変わった。沖縄市の場合、米兵相手の店に携わる人々も多く、
辛い経験もあったが、生活は全般的に改善された。
『コザ』と親しまれた雰囲気、音楽の街の風景に懐かしさも残るが、
物の流通が進み、さまざまな食材が持ち込まれ、食生活はとても豊かになった。


―「おしゃれの街」を提唱しているが
おしゃれは心の美しい人のこと。その人の心からにじみ出る振る舞いができ、
さまざまな分野にバランス感覚を持つ人のことで、自分自身を向上させる精神の持ち主。
この『センス』は自然環境によって培われるものでもあるが、
自分自身の気持ちの持ち方でも磨かれる。
各市民が自分のライフスタイルに敏感になり、生活や市政にもっと敏感になれば、
おのずとまちの景観も美しくなり、活気が出てくる。
街を変えるにはまずそこに住む人間が変わらなければならない。
世界に開けた沖縄社会を作るには、
こうしたセンスの持ち主が増えることが必要だろう。


―復帰について個人的に思うところは
復帰と同時にA&Wを米人の経営者から引き継いだ。
車社会の到来を予感し、沖縄に適したドライブイン・レストランにしたいと考え、
店舗も増やしてきた。A&Wはルートビアを開発した二人の頭文字をとって付けられた名前だが、
私は『あ(A)なたと私(W)のドライブイン』と提唱した。
復帰後、道路が整備され予想通り車も増え、店の利用者も飛躍的に増大した。
沖縄の人々の生活様式も大きく変化し隔世の感もあるが、
私自身も会社も、沖縄県の人々のライフスタイルの変化には常に敏感でいたい。


―課題は
物の流通や交通機関の発展、情報技術の進歩で世界は一つになりつつある。
これに対応できる社会を作り上げることが大切。
沖縄は復帰前から米軍基地が存在し、基地との関係は変わっていないが
基地の整理・縮小の方向に対応できるよう備えていかなくてはならない。
その際に、世界に目を向けた開けた社会を目指すべきだろう。

(2002年1月1日琉球新報復帰30周年経済の視点―中部 沖縄商工会議所会頭 平良幸雄)




2026年6月。
インタビューに応じた平良幸雄(今なお現役)がプラザハウスを継承して、ちょうど40年。
1986年当時の彼がそうであったように、
プラザハウスの次なる可能性を模索し、
『おしゃれの街』を創造する絶好の年なのかもしれない。