
Posted on 2026.09.29
そろそろ秋の風が吹き始める。
そわそわと気持ちが弾み、訪れる季節の豊穣と、新鮮な「感覚」を期待する。
夏のはじめごろ、素敵なジェントルマンと出会った。
大学の助教授、作家、投資家、経営者、と
マルチな才能を備える上に、なんともまあ格好いい。
運よくお会いする機会を得て、待ち合わせの場所に登場した彼は
まるで「ドラマ」。
モダンなモチーフの質の良いコットンシャツに薄桃色のスラックス。
長身の足元はさりげなくもバリーのドライビングシューズ。
「素敵ですね!」と同時に「お求めいただきありがとうございます。」
と思わずハグ!
そんな出会いのおかげで、久しぶり手元に本を置く。
ずいぶん目が遠くなり苦手となった読書なのに、
沖縄の身近を綴った彼の表現に目から鱗、
知らんふりが一番!と言い聞かせてきたモヤモヤが、
少しずつ整理整頓されていく。
たくさんの気づきをいただきながら、
なぜか「無感覚」と喩えた彼の表現がずっと頭に残っている。
暦が9月になりヨーロッパへ向かった。
ホルムズ海峡情勢、
物価高騰、
円安と、
旅に出るには多くの不安を抱ええながらも
ファッションを生業に、さらに特徴的な品揃えを目指す私たちにとって
まさに聖地巡礼、修行の旅である(少し大袈裟ですね)。

フランスは、オートクチュール(メゾンによる高級な仕立て、縫製)を頂点とする服作りに始まり、
対して生産されるプレタポルテ(高級既製服)が我々の取引の対象となる。
それぞれのブランドがトータルコーディネートを可能にするアイテムを備え、
フランスで出会うコレクションからは、
社会や時代の流れを感じ取れることができるように思う。
しかしながら服作りに携わる人口は減少し、企画デザインはフランス国内で行い、
生産地をインドにシフトして挑むメーカーが目を見張るほど増加している。
涼しげなインドコットン、
刺繍やアップリケなどの装飾、
木版画の手触りなど、
ハンドクラフト要素に、フランスのエスプリが混ざり合う、
ミックスカルチャーなアイテムは
沖縄の夏にスーパーフィットするように感じる。
でもやはり「無感覚」にメイド・イン・フランスを排除することはない。

イタリアはまた違う。
フランスと比較し、素材、技術、デザインが連携し、
地域に根差した産業の連鎖が反映されているブランドと出会える機会が多い。
有名なトスカーナの革、
ビエラの毛織物、
コモのシルク、
マルケの靴、
ヴェネトの縫製など
素材と加工技術がその土地土地に蓄積されている。
食の世界も同等な価値が宿り、それらはなぜか
日本の美意識につながるような(そう信じ)
そんな「感覚」には、生活の質を日常的、
身体的に高める堅実な贅沢であると感じてしまう。
価格戦略ではきっと生産地をシフトしたいに違いない。
それでも素材と対話し、技術という思想を染み込ませることを誇りとするお国柄が
実にダンディである。
二つの国を行き来しながら感じるものづくり。
ファッションに限らず
「誰が、どこで、どのように作ったか」
そのマインドを価値として伝えることが
とても大事になってきた時代のように感じる。
旅路で起こるハプニングや、それを乗り越えるガッツ、
安いけど美味しく食べるユーモアや、
見ず知らずの人と目を合わせ笑い合い、
もしかしたら同じ方向を歩む仲間かと察知し
言葉の壁を超えて議論する。
いとも楽しく生きている時間を過ごすには
到底「無感覚」でいられるわけはない。
誰かがきっとそこにいて、
どこかで切磋琢磨する人がいて、
物事をかたちづくり、
豊かで便利で気の利く大事なものを創り出す人がいる。
私たちの人生をサポートしている愛情が大いに溢れていると信じよう。
「人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である」
樋口耕太郎さんに感謝を込めて。